映画『万引き家族』は気持ち悪い?家族と見ると気まずい?アマプラ配信・キャスト・ネタバレ解説

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映画『万引き家族』は、2018年に公開された是枝裕和監督の作品です。

第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞するなど高く評価された一方、実際に見た人からは「気持ち悪い」「家族と見ると気まずい」といった感想も見られます。

しかし、本作が描いているのは単なる「犯罪をする変わった家族」ではありません。

虐待、貧困、孤独、親子関係などを通して、「血がつながっていれば家族なのか」「一緒に暮らし愛情を注げば家族なのか」という難しいテーマを投げかけています。

この記事では、映画『万引き家族』が「気持ち悪い」と言われる理由や、家族と見ると気まずいシーンについて解説します。

さらに、Amazon Prime Videoでの配信状況、リリー・フランキーさんや安藤サクラさん、松岡茉優さん、樹木希林さんらキャスト、物語のあらすじからラストまでネタバレありで紹介します。

※この記事には映画『万引き家族』の結末を含むネタバレがあります。

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『万引き家族』を検索すると、「気持ち悪い」というワードが出てきます。

ただし、作品そのものが単純に不快という意味だけではなく、登場人物たちの生活や人間関係、性的な描写などに生々しさがあり、それを「気持ち悪い」と感じる人がいると考えられます。

理由①家族の距離感が生々しい

柴田家は狭い家の中で、治、信代、祥太、亜紀、初枝、そして後から加わるりんが生活しています。

互いのプライバシーがほとんどない距離感で暮らしているため、一般的なホームドラマとはかなり異なる印象があります。

さらに物語が進むにつれて、実は彼らの多くが血縁で結ばれた家族ではないことも分かってきます。

「家族なのに家族ではない」という不安定な関係性が、本作独特の居心地の悪さにつながっています。

理由②治と信代のラブシーンが生々しい

映画『万引き家族』におけるリリー・フランキー演じる治と、安藤サクラ演じる信代の濡れ場(そうめんを食べる直前のシーンなど)は、ハリウッド映画のようなロマンチックな演出とは対極にあります。

このシーンの「気まずさ」と「生々しさ」には、演出上の明確な理由があります。

「生活感」と「性」が地続きで描かれている

ジメジメした夏の暑さ、雑然とした部屋、食べかけのそうめん、汗ばんだ肌…。

日常の泥臭い生活音や匂いが画面越しに伝わってくるような距離感で描かれます。

映画的な「美化された濡れ場」ではなく、人間の生々しい本能や生活の一部として描かれているため、観る側にリアルな覗き見感と強い気まずさを抱かせます。

血のつながらない二人の「確かな絆」の証明

この二人は法律上の夫婦でもなければ、血のつながりもありません。

社会的には犯罪者同士の不法占拠者に過ぎませんが、あの生々しい肌の触れ合いによって「互いを必要とし合っている深い絆」が表現されています。

作品にとって極めて重要な意味を持つシーンだからこそ、カットされずに濃密に描かれており、ごまかしが効かない気まずさを生んでいます。

リビングのすぐ横という密室感

狭い平屋の中で、子供たちがすぐ近くにいるかもしれないという状況や雰囲気が漂う点も、お茶の間で家族と鑑賞するには心理的なハードルを大きく引き上げます。

フィクションとしての濡れ場ならまだ流せるかもしれません。

しかしあまりにもリアリティが高すぎるため、リビングで家族と一緒に観ていると「視線のやり場に困る」「息をのむような気まずい静寂が流れる」ことは間違いないでしょう。

理由③亜紀が働く店のシーン

松岡茉優さん演じる亜紀がJK見学店(マジックミラー越しに露出する風俗店)で働くシーンは、家族観賞においてもっとも直球で気まずい空気を作り出すポイント。

松岡さんではなく、他の出演者の演技が気になるシーンです。

しかし、ここも単なる過激なサービスカットではなく、作品の核となる「孤独」を描く重要な場面となっています。

家族と見ると気まずい理由

ダイレクトな露出と性描写:下着姿で身体を見せる演出や、男性客と対面する場面があるため、リビングで親や子供と一緒に画面を直視するには心理的抵抗が強すぎます。

「JK」という未成年風俗の生々しさ:家庭の居場所をなくした若い女性が生きるために選ぶリアルな現実が描かれており、親しい家族間ほど「どう触れていいかわからない気まずさ」が漂います。

シーンに込められた演出の意味:触れ合えない二人の「孤独の共有」

マジックミラーという壁:亜紀と常連客の「4番さん(池松壮亮)」は、ガラス越しでしか会えず、直接触れ合うことができません。二人とも社会や家庭から孤立しており、言葉を介さずとも「孤独」を共有し合っています。

「偽りの家族」以外の居場所:家では明るく振る舞う亜紀ですが、彼女もまた深い寂しさを抱えています。お金を払って自分を買いに来る客の前でしか、自分の存在価値を感じられないという歪んだ承認欲求が表現されています。

膝枕の抱擁:物語の終盤、マジックミラーの部屋で亜紀が「4番さん」を抱きしめるシーンは、性的欲求を超えた「傷ついた者同士の救済」として描かれました。

観客の心をえぐるからこそ「家族向けではない」

単に「エロいから気まずい」のではなく、少女の孤独や社会の闇がリアルに迫ってくるため、家族観賞の気まずさを決定づける大きな要素となっています。

理由④子どもに万引きをさせる設定

「家族で観ると気まずい」と感じる理由の根底には、性描写だけでなく、「子供に平然と犯罪を仕込む父親」に対する倫理的な嫌悪感があります。

作品タイトルの通り、この家では万引きが「お手伝い」や「生きるための家事」と同等に扱われています。

家族と見ると気まずい理由

道徳観の全否定:「嘘をついてはいけない」「盗んではいけない」という教育の根幹を、親役の治が笑顔で破っていきます。子供と一緒に鑑賞している場合、親の立場としては「この状況をどう説明・消化すればいいのか」という重い空気に包まれます。

罪悪感の欠如:店で盗みを働く際、治と祥太の間に通い合う「男同士の秘密の絆」や「楽しそうな笑顔」が、観客の道徳観を強烈に逆撫でします。

シーンに込められた演出の意味:「偽りの父性」と「身勝手な愛」

「店に置いてあるものは誰の物でもない」という屁理屈:治は「店が潰れていなければ、置いてある物はまだ誰の物でもない」と祥太に教えます。これは自分の犯罪行為を正当化し、父親としての尊厳を保つための身勝手な理屈に過ぎません。

教えられるものが「万引き」しかなかった男:治は祥太を愛していますが、彼に教えられる知識や技能が「盗みのテクニック」しかありませんでした。「万引きを通じてしか息子と繋がれない」という治の無力さと哀しみが描かれています。

祥太の成長と葛藤:物語が進むにつれ、祥太は学校に通う同年代の子供や駄菓子屋の店主(柄本明)との関わりの中で「これは悪いことだ」と気づき始めます。成長した祥太が抱く「父への疑念」こそが、この擬似家族崩壊のトリガーとなっていきます。

観る人の「親としての倫理観」を試す描写

「愛があれば犯罪を教えてもいいのか?」「正しい教育とは何か?」という問いを容赦なく突きつけてくるため、ファミリー向けの鑑賞映画としては非常にハードルが高く、観終わった後も重い余韻が残ります。

理由⑤善人とも悪人とも言い切れない登場人物

本作最大のテーマであり、観る人の心を強く揺さぶるのが「絶対的な正義も、完璧な悪人も存在しない」という人間描写です。

観ていてモヤモヤ・不快感を覚える理由

「悪人」を憎みきれない苦しさ:治や信代は、年金不正受給、死体遺棄、万引き、誘拐と、重罪を重ねる犯罪者です。しかし画面に映る彼らは、虐待されていた少女(ゆり/りん)の傷を労わり、一緒にコロッケを食べ、海で笑顔を弾けさせる「優しく温かい親」そのものです。観客は「犯罪者を好意的に見てしまっている自分」に葛藤し、生理的な居心地の悪さを抱きます。

「正しい社会」の冷たさ:警察や福祉、実の親など、社会的に「正しい側」にいる大人たちが、必ずしも子供を幸せにできるわけではないという現実が描かれます。法的には正しく救出されたはずのゆりが、ラストで再び実母からネグレクトを受ける姿は、「正しさとは一体何なのか」という割り切れないモヤモヤを観客に突きつけます。

人物描写に込められたメッセージ

「自分で選んだ親」という救い:信代がゆりの腕にある火傷の痕を見つけ、優しく抱きしめながら「愛しているなら殴らない」と呟くシーンがあります。血のつながった実親から虐待されていたゆりにとって、この犯罪者たちの家だけが唯一「安全で愛される場所」でした。

利害関係とエゴの表裏一体:彼らは純粋な善意だけで集まったわけではありません。初枝の年金、治の労働力、寂しさを埋めるための子供——全員が何かしらの「利害」と「身勝手なエゴ」で繋がっています。善意とエゴが混ざり合っているからこそ、彼らの関係はどこまでも生々しく、リアルに胸に迫ります。

映画が終わっても答えが出ない「思考の負荷」

「犯罪者だけど良い親」「実親だけど不適格な親」という二律背反をそのまま差し出してくるため、家族で鑑賞して「良い映画だったね」と一言で片付けることができません。

観終わった後に自分自身の価値観や倫理観を試されるからこそ、鑑賞後に重い余韻が残ります。

Areo
Areo

家族みんなで気軽に見るタイプの映画ではないかも…

結論からまとめると、小さな子どもを含めた家族みんなで気軽に楽しむタイプの映画ではありません。

特に気まずくなりやすいのは、次のような場面です。

気まずくなりやすい場面内容気まずさ
亜紀の勤務先マジックミラー越しに男性客を相手にする描写高い
治と信代の場面大人の性的な描写高い
亜紀と「4番さん」男女の距離が近くなる場面やや高い
万引き子どもに犯罪をさせる描写内容的に重い
虐待に関する描写りんの傷や家庭環境精神的に重い

性的な描写だけでなく、児童虐待や貧困、犯罪といったテーマも扱っています。

「家族で見ると気まずい」というより、明るいファミリー映画だと思って見るとかなり戸惑う作品です。

Areo
Areo

タイトルだけ見ると犯罪映画っぽいけど、実際は“家族とは何か”を描いた作品なんだね

映画『万引き家族』はアマプラで見れるか解説します。

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Areo
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項目内容
作品名万引き家族
公開2018年
監督・脚本・編集是枝裕和
音楽細野晴臣
主演リリー・フランキー
ジャンルヒューマンドラマ
主なテーマ家族、貧困、虐待、犯罪、血縁

本作は、第71回カンヌ国際映画祭で最高賞となるパルム・ドールを受賞しました。

単なる犯罪映画ではなく、「家族とは何によって家族になるのか」を問いかける作品です。

Areo
Areo

不快に感じる部分にもちゃんと意味がある作品なんだね

映画『万引き家族』のキャスト・登場人物は以下の通りです。

役名キャスト役柄
柴田治リリー・フランキー信代の夫。東京の下町で暮らす日雇い労働者で、祥太とともに万引きをしている。
柴田信代安藤サクラ治の妻。クリーニング工場で働いていたが、同僚にりんのことを指摘され退職する。
柴田亜紀松岡茉優譲の娘。JK見学店で「さやか」の源氏名を使って働く。4番さんと交流を深める。
柴田祥太城桧吏治とともに万引きをして暮らす少年。学校には通っていない。
ゆり(りん/北条じゅり)佐々木みゆ治が家へ連れて帰った少女。実の両親から虐待を受けていた。
柴田初枝樹木希林一家が暮らす家の持ち主で、年金を受給している高齢女性。
4番さん池松壮亮亜紀が勤務する店の常連客。発話に障害があり、亜紀とは筆談で交流する。
柴田譲緒形直人亜紀の実父。初枝の元夫と後妻の間に生まれた息子。
柴田葉子森口瑤子亜紀とさやかの実母。譲の妻。
柴田さやか蒔田彩珠亜紀の実の妹。高校2年生。
北条保山田裕貴じゅりの父親。妻の希やじゅりに暴力を振るっている。
北条希片山萌美じゅりの母親。夫からDVを受ける一方、ゆりを虐待している。
JK見学店 店長黒田大輔亜紀が勤務する店の店長。
根岸三都江松岡依都美信代が働くクリーニング工場の同僚。
クリーニング店 店主清水一彰信代が勤務するクリーニング店の店主。
山戸頼次柄本明柴田家の近所にある「やまとや」の店主。
米山井上肇民生委員。初枝の家を定期的に訪問している。
日雇い派遣の管理者毎熊克哉治が働く日雇い現場の管理者。
前園巧高良健吾柴田家の事件を担当する警察官。
宮部希衣池脇千鶴柴田家の事件を担当する警察官。
ニュースキャスター笠井信輔劇中のニュースを伝えるキャスター。
ニュースキャスター三上真奈劇中のニュースを伝えるキャスター。
Areo
Areo

血がつながっていなくても、家族になれるのかって考えさせられる…

万引き家族の画像
出典: MOVIE WALKER PRESS

東京の下町にひっそりと佇む古びた平屋には、治や信代をはじめとする5人の男女が肩を寄せ合って生きていました。

決して裕福とは言えない彼らの暮らしは、祖母である初枝の年金や日々の稼ぎだけでは到底まかないきれず、治と祥太が様々な店先での盗みを日常的に重ねることで食いつないでいたのです。

極寒のある冬の日、治たちは近隣の公営住宅のベランダで、寒さに震える幼い少女・ゆりと出会います。

当初は自宅へ送り届けるつもりだったものの、少女の家から聞こえる両親の凄惨な喧嘩を耳にした信代たちは、彼女をそのまま連れ帰り自分たちの手で育てる決意を固めます。

「りん」という新たな名前を与えられた少女は、歪でありながらもどこか心地よい家族の輪の中に溶け込んでいきました。

しかし、成長とともに盗みという行為に心の葛藤を覚えるようになった祥太の心境の変化が、やがてこの擬似家族の運命を大きく狂わせていくことになります。

Areo
Areo

逆に、血がつながっていれば家族なのかという疑問も残るね

ここからはネタバレありの感想となります。

物語が終盤へと差し掛かるにつれ、観客には衝撃的な真相が突きつけられます。

それは、一見仲睦まじく暮らしていた柴田家の人々の間に、血縁関係が一切存在しないという事実です。

一家の親として振る舞っていた治と信代も、祥太の実親ではありませんでした。

祥太の生い立ちは苛酷で、幼少期にパチンコ店の駐車場に放置されていた車内から、治たちによって「保護」という名目で連れ去られた過去を持っています。

また、虐待の痕があった幼いゆり(りん)に関しても、治たちは彼女を悲惨な環境から救い出したつもりでいました。

しかし、法や社会の目線で見ればそれは紛れもない「未成年者誘拐罪」として処理されてしまう行為です。

当事者たちにとっては愛と温もりに満ちた救いの場であった空間が、社会のレンズを通した瞬間に「犯罪者集団による異常なコミュニティ」へと鮮やかに裏返ってしまう点は怖いと感じました。

是枝監督はここで、「血のつながり」という制度上の絆と、「共に過ごした記憶や愛おしい時間」という実質的な絆のどちらが家族を形作るのかを問いかけています。

簡単には答えの出ない、重いテーマが観客に突きつけられているのが見どころでもあると思います。

祥太はなぜわざと捕まった?

破滅へと向かう物語の決定的な転換点となるのが、祥太が起こした「意図的な万引き事件」です。

祥太は店舗内で商品を手に取ると、あからさまに店員の目を引く形で逃走を図り、高所から飛び降りて負傷・保護されます。

理由は、りんが万引きしようとしたからです。

今までの祥太なら気にしなかったことが、成長するにつけて変わったことが分かる瞬間でした。

一見すると失敗に見えるこの行動の裏には、彼の深層心理における悲痛な決断があったように思えます。

治から教え込まれた盗みを疑いもなく受け入れていた祥太。

成長に伴う道徳観の発達や、近所の駄菓子屋の店主から告げられた一言をきっかけに、「自分たちの生活は間違っているのではないか」という強い罪悪感を抱くようになります。

さらに、幼いりん(ゆり)にまで盗みの片棒を担がせようとする治の姿を目にし、妹同然の彼女を犯罪に染めさせたくないという葛藤が限界に達したのです。

自らを犠牲にして警察に身柄を確保されることで、歪んだ日常に自ら終止符を打ち、家族全員を正義の白日の下に晒したことで家族は崩壊の一途を辿ります。

祥太の飛び降りは、擬似家族からの「脱却」と「自己犠牲」を意味する命がけの告発でした。

でもこれは、祥太にとって思いがけない結果になったように思えます。

入院した祥太は実の子ではないため、秘密がバレることを恐れた治たちは逃げようとしますが失敗。

警察官がその事実を祥太に告げるのは、残酷だと感じました。

初枝の死と一家の秘密

一家の「絆」と「犯罪」の境界線を決定的に曖昧にするのが、物語の中盤で訪れる祖母・初枝の死です。

夏のある日、初枝は自宅で静かに息を引き取ります。

しかし治たちは警察へ届け出ることなく、その遺体を自分たちが住む平屋の床下に密かに埋葬してしまいます。

その最大の動機は、一家の貴重な生活糧であった彼女の年金を受給し続けるためでした。

一見すると血も涙もない死体遺棄・年金不正受給という悪質な犯罪ですが、彼らの内面には初枝に対する純粋な愛着や感謝も確実に存在していました。

初枝を心から慕っていた気持ちと、生き延びるためにその死を隠蔽して利用する冷酷な判断が同一線上に同居している点に、この作品の底知れない恐ろしさがあります。

本作は「金目当ての犯罪」か「家族ゆえの愛情」かという安易な二者択一を提示しません。

情愛と欲望が複雑に絡み合った人間の生々しい矛盾を、一切の美化や免罪をせずにそのまま描き切っています。

信代が罪をかぶった理由

一家の崩壊後、警察の厳しい取り調べを受ける中で描かれるのは、信代という女性の中にあった本物の「母性」でした。

すべての犯罪が暴かれた後、信代は治や子どもたちを守るかのように、罪のほとんどを自ら一身に背負って服役する道を選びます。

不妊ゆえに自分の子を産むことができなかった彼女にとって、祥太やりんと過ごした時間は、人生で初めて「母親」としての自分を実感できるかけがえのない日々でした。

これは、刑務所に面会に行った治と祥太に「楽しかった、これぐらいじゃお釣りがくる」と語るセリフからも伺えます。

さらに、警察官から「子どもたちからは『お母さん』と呼ばれていなかった」と指摘された際、溢れ出る涙を拭う取調室のシーンは考えさせられます。

祥太と歩いている時に、「お母さんコロッケどう?」と声を掛けられて嬉しそうだった信代。

本当は「お母さん」と呼ばれたかったのかな、と感じました。

不妊を指摘され、偽者の母親だと言わんばかりの警察官の言い方は見ていて辛かったです。

血縁という形式的なつながりはなくとも、彼女が二人注いだ愛情だけは決して偽物ではなかったことが、その静かな涙を通して観客の胸に痛いほど迫ってきます。

ラストで祥太が「お父さん」と呼んだ意味

物語のラスト、施設で暮らすようになった祥太と治が最後に二人きりで再会するシーンは、すべてが終わったことを感じさせるクライマックスです。

治は祥太に対し、自らの無力さや犯罪者としての限界を認めるように「おじさんは、もうお父さんをやめるよ」と言い渡します。

それは父親としての身勝手な敗北宣言であると同時に、祥太をこれ以上自分の犯罪に巻き込ませないための、彼なりの精一杯の愛の拒絶でもありました。

祥太の名前を呼びながら走る治。

バスの車内で振り向く祥太が唇だけを動かして「おとうさん」と呟きます。

直接言葉を交わすことは叶わなくても、二人で過ごした月日や重ねた温もりが祥太の胸に確かに息づいていた証だったのかもしれません。

さらに、信代から本当の両親の情報を伝えられましたが、祥太は探さないような気がしました。

血縁という法的・生物学的な縛りがなくとも、あの不器用で歪な時間の中で、治は紛れもなく祥太にとって唯一無二の「父親」だったことが証明される感動的な瞬間と言えます。

ラストのりんは何を見ていた?

映画のラストを飾り、観客の心に切なく重い問いを残すのが、幼いゆり(りん)の最後のカットです。

事件の解決によって「正しい社会」へと連れ戻された彼女は、ネグレクトを行っていた実の両親のもとへ戻されることになります。

しかし、画面に映し出されるのは、依然として放置され、以前と何も変わらない最悪な日常でした。

娘が帰ってきた際、記者たちに平気で嘘をつく親です。

そんな両親の元へ帰されるりんが心配になります。

ラストシーンでりんは、一人団地の廊下から静かに外の世界を見つめています。

彼女がその視線の先に何を見ていたのか、明確な答えは示されません。

治や信代たちと過ごした「万引き家族」での温かな食卓や歌を思い出しているのか、それとも再び誰かが自分を救い出してくれることを祈っているのか。

あるいは、あの家で教わった「手遊び」を思い出しながら、遠い空へ想いを馳せているのかもしれません。

正義や法律によって「元いた場所」に戻されたはずの子供が、果たして本当に幸せになれたのか。

是枝監督は、言葉を発しない幼い少女の視線ひとつで、社会の制度や正義の限界を残酷なまでに描き出していると思えました。

Areo
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ラストのりんを見ていると、すっきり終わった感じはしないね

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出典: MOVIE WALKER PRESS

本作が投げかける最大のテーマ、それは「家族という繋がりは、果たして『血縁』という事実だけで完結するものなのか」という根源的な問いではないでしょうか。

柴田家の人々は、社会のルールから外れた紛れもない犯罪者たちです。

しかし彼らは、実の親から虐待を受け心身ともに傷ついていた幼いりんを温かく抱きしめ、温かい食卓を囲み、夏の海で弾けるような笑顔を分かち合いました。

一方で、生物学的な親であるりんの実両親は、血の繋がりを持ちながらも彼女を守るどころか、存在そのものを虐げ放置していました。

だからといって、治たちが重ねてきた犯罪や偽りの生活が免罪されるわけではありません。

「血縁関係はないが確かな愛があった場所」と「血はつながっているが冷淡で危険な場所」。

映画はどちらか一方を「正解」として提示せず、善と悪の境界線が曖昧なグレーゾーンのまま物語を進行させます。

本作は、単純な道徳観や正義感では割り切れない人間の矛盾を、観客に突きつけます。

そして一人ひとりに「自分にとって家族とは何か」を考えさせる点が、本作の大きな魅力です。

Areo
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りんにとって、本当に安心できる場所はどこだったんだろう…

映画『万引き家族』は、すっきりとしたハッピーエンドや分かりやすい涙を誘う感動劇を期待する方よりも、複雑な人間模様や現代社会の闇について深く思索を巡らせたい観客に強く刺さる一作です。

【こんな人におすすめ】

  • 社会派ドラマ・考察好き:貧困やネグレクト、法の限界といった社会的テーマについて深く考えたい人
  • 是枝裕和監督のファン:人間の善悪を単純化せず、リアルな日常や感情のゆらぎを描く演出が好きな人
  • 複雑な人間模様を楽しみたい人:単純なハッピーエンドではなく、余韻や葛藤が残る映画を求める人

【鑑賞時に注意が必要な人】

  • スカッとする展開を求める人:明確な勧善懲悪や爽快なラストを期待している人
  • センシティブな描写が苦手な人:風俗店の接客シーンや性描写、幼い子供への虐待・放置描写にストレスを感じる人
  • 家族で気楽に映画を楽しみたい人:気まずいシーンや重いテーマを避けたいお茶の間での観賞
Areo
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ラストのりんを見ていると、すっきり終わった感じはしないね

映画『万引き家族』には、治と信代のラブシーンや亜紀の勤務先など、家族と一緒に見ると気まずく感じやすい場面があります。

さらに、子どもに万引きを教える大人たちや、血縁のない人々が家族として暮らす設定そのものに違和感を覚える人もいるでしょう。

しかし、その居心地の悪さは作品の欠点というより、「普通の家族とは何なのか」を考えさせるための重要な要素でもあります。

犯罪をしながら子どもへ愛情を注ぐ治と信代、血がつながっていても子どもを傷つける実の親。

どちらが本当の家族なのか簡単には答えられないところに、『万引き家族』の魅力と怖さがあります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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